堀 浩一

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工学と理学の違い

高校生や大学教養課程の学生の皆さんの中には、工学部に進もうか理学部に進もうかと迷っていらっしゃる方も少なくないことでしょう。 (私自身は、小学生の頃からラジオや無線機を作ってはこわすのを楽しむ無線少年でしたので迷わず工学部に進学したのですが、)私の考える工学と理学の違いを書いてみましょう。ただし、あくまでも私見です。

工学と理学の最大の違いは、学問のめざすところの究極の目標の違いにあります。

ややおおげさな言い方になるかもしれませんが、工学の目標は人類の幸福、理学の目標は真理の探求です。

時々耳にする「理学は基礎研究、工学は応用研究」という区別は、必ずしもあたっていません。基礎か応用かという意味では、工学と理学の境界はかなり曖昧です。工学部でもほとんど理学部とかわらない基礎研究も行われています。しかし、どんなに基礎に近い研究を行っていても、工学の研究者がめざしているのは、究極的には人類の幸福です。

別の言い方をすれば、工学ではなんらかの目的関数を最大化(あるいは最小化)することをめざすのに対して、理学の研究では現象を記述し説明する体系を作ることをめざします。

たとえば、電圧と電流と抵抗の間にどういう関係が成立するかをオームの法則として示してみせるのが理学の研究だとすれば、工学の研究では消費電力を最小化するための方法を考えるということになります。この例の場合、電力を表す関数が最小化すべしという目的を定めた関数になるので、目的関数と呼ばれることになります。

20世紀の工学では、速度、規模、機能の多様性などが最大化すべき目的関数として設定され、高速化、大規模化、多機能化がめざされてきました。それが人類の幸福につながると信じられていたからと言ってよいでしょう。 21世紀に入ってからは、地球環境との調和という目的関数が重視されるようになってきています。 今後の工学がめざす目的関数を設定していくのは、若い皆さんの役割ということになりますが、これからは、それを研究者だけで考えるのではなく、研究者と一般の人々との双方向の対話を通して考えていくことが重要になると思われます。

IBMのワトソンというクイズチャンピオンになった人工知能システムについて新聞社から感想を求められて、「高機能の道具をどのように使っていくかを考えることが重要だ」と書いたことがありますが、さらには、望ましくない使われ方、間違った使われ方が、そもそも不可能になるように設計することも、あわせて考えていく必要があります。

そういう意味では、工学の研究と法学の研究とは共通するところがあって、工学の先生と法学の先生とは、案外、気が合うのです。実際、人工知能の研究においても、法学の先生と工学の先生との共同研究が行われていたりします。逆に、同じ理科系でも、工学の研究者と理学の研究者では意外に気が合わなくて驚くことも少なくありません。

昔ながらの文科系と理科系という区別は必ずしも通用しなくなりつつあります。

        2011年3月  堀 浩一 (東京大学)

追記 2014年2月22日:
東京大学名誉教授の原島博先生が「工学」という題でつぶやいておられます。ぜひ、これもご覧になってみてください。
原島博先生の「工学」と題したつぶやき
この中で原島先生は「工学とは文化創造学である」と述べておられます。
私のサイトの中では、下のような項目がそれに関連していると思います。
文化国家としての技術立国 - 猪瀬博教授の思い出
また、
堀浩一: 人工知能研究の方法, 人工知能学会誌, Vol. 28, No. 5, pp. 689-694 (2013).
という解説記事の中では、「文明と文化」、「科学と技術」などという章をもうけて、かなり詳しく書かせていただきました。 残念ながらこの解説記事のcopyrightは人工知能学会が持っているのでこのサイトには載せておりませんが、ざっと次のようなことを書きました。

村上陽一郎先生の本などを読んでいただくとわかるように、そもそも「文明」と「文化」は相容れない性質を持っている。文明と文化を対立的にとらえる時、制度化された「自然科学」は文明の側に立つものである。 これに対して「技術」およびそれを支える学問としての「工学」は「文化」の側にも立つことができるものである。筆者の作りたい「文化を支える人工知能」あるいは「文化としての地位を得る人工知能」とは、世界の分節と価値付けを支援するようなシステムである。云々かんぬん。。。


最後に参考文献を紹介しておきます。
原島博: 社会と文化につながる科学技術研究をどう進めるか?, 科学技術振興機構, 2012.
村上陽一郎: 文明の死/文化の再生, 岩波書店, 2006.
村田純一: 技術の哲学, 岩波書店, 2009.

さらに追記 2014年10月17日:
Theodore von Karmanの`Scientists study the world as it is; engineers create the world that has never been.’ ということばもいいですね。


さらに追記 2019年2月18日:
人工知能の分野では、まさに今、人類の幸福にとって、人工知能はどうあるべきなのか、という 議論が、世界中で巻き起こっています。国内外で、政府系、国際機関系、学会系、その他の 多くの委員会で、人工知能と人間社会の間の関係のあるべき姿について、議論が行われています。 私も、それらのいくつかの委員会に関わっており、国連ユネスコやG7の会議にも呼ばれました。 しかし、最も重要なことは、いろいろな分野の専門家および非専門家が、ずっと継続的に議論を続け、必要な方向の修正を行い続けることだと思います。


        堀 浩一 (東京大学)

(このページの内容は2019年6月まで
http://www.ailab.t.u-tokyo.ac.jp/horiKNC/
に置いておりましたが、2019年7月1日に、ここに引っ越してきました。)

© 2011, 2014, 2019 Koichi Hori




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関連項目(自動計算):
文化国家としての技術立国 ー 猪瀬博教授の思い出
映画「グリーンブック」を観て、年寄り人工知能研究者が考えること - 人種その他の差別とAI(人工知能)について
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